2017.02.13
小西:初めまして。小西です。
結月:小西さんはオルフェ銀座のほうでインタビューをしてもらっている姫野さんとお友達なんですよね。
小西:はい。ライター仲間なんで、姫野さんは。
結月:そう言えば、わたし、随分昔だけど、マガジンハウスがやっていたライター講座に通っていたときがありました。
小西:えっ!? ライターになりたかったんですか?
結月:いえ、あの頃は具体的にライターって何をする仕事なのかも知らなかったんですよ。ただ書きたいっていう気持ちが強かっただけで。だって、講座に通ったときは、わたしは渋谷の百貨店の地下にある野菜売り場で肉体労働してたんですよ。
小西:着物の結月さんが、野菜を売ってたんですか!?
結月:野菜を売るっていうか、野菜の入った段ボールを大きな台車に山積みにして。それを搬入口から売り場まで一日に何度も牛みたいに台車を引くっていう仕事。そして、それらの野菜を袋詰めしてバーコード貼って陳列する。朝の6時から12時間くらいずっとそれをやるんです。
小西:全然想像できないです。
結月:わたしは社会の落伍者ですからね。就職っていうものが何なんだかわからなくて、つまり自分に就職という概念がなかったから就職活動をしてないんですよ。自分が会社に勤めるなんて、概念がなかったから。バイトやなんかでとりあえずは食っていけばいいかなという程度しか意識がなかったんです。
小西:それで野菜売り場なんですか?
結月:いえいえ。一応、高校の教員免許を持ってるんで、高校で非常勤やればいいやって思ってたんですよ。でも、今はどうか知りませんが、その頃は採用そのものがほとんどなかったですね。しかも、公務員にはなれない体質なので、公立学校の採用試験のための勉強なんて虫唾が走ってできないし、私立で探したんですが、募集なんてなかったですね。ああいうのは、大学の先生のコネで入るとかでないとね。とにかく、募集がないから、じゃあ、塾でもと思い、いくつか採用試験を受けに行ったんですが、当たり前ですが、受験オタクみたいなひとばかりで、これまた体質に合わず駄目だったんですね。結局、わたしは型にはまることができないから、一般的な社会で採用してもらおうとしても全然駄目なんです。
小西:それからどうされたんですか?
結月:とにかくお金がなかったです。だってどこも採用されないから仕事がないですから。来月の家賃を払うのがヤバくなってきて、とりあえずすぐにお金をもらえる仕事はないかと、求人雑誌を買ってみると、警備員の募集があった。それは一週間の研修を受けたら、1万円もらえて、その後の採用で一週間単位で給料がもらえると書いてあったんです。一週間でお金がもらえれば、来月の家賃の支払いに間に合うので、池袋の警備会社に申し込んで研修を受けたんです。研修は断られることはありませんから、最低でも1万円はもらえます。
小西:それで警備員になった?
結月:はい。研修では回れ右とか左とか、敬礼の仕方や行進とか軍隊もどきみたいな、キャラに合わないことをやらされましたが、お金が全然なかったのでそれほど苦になりませんでした。そして採用されて、でも警備会社の採用って、仕事がいつあるかわからないようなものなんですよ。道路工事がないと呼んでもらえないですし。だから、定期収入を得られるような仕事でなく実際にはいつ仕事があるかもわからない質の悪い日雇いなんですよね。でも、わたしの場合は幸運で、というか当時は自動車免許も持ってないから道路は無理だって言ったせいか、巣鴨にあるパチンコ屋兼サウナ付きカプセルホテルの常駐警備に入ることができて、定期収入を得られました。それでなんとか食いつないだわけです。
小西:本当に今のお姿とは想像できません!
結月:そしたら、パチンコ屋の支配人にどういうわけか気に入られてしまって、月に30万払うから、俺んところに来いって誘われたんですよ。将来、店を持たせてやるからって。ゴリラみたいな体格で、ヤクザ風な強面の支配人でした。
小西:怖くはなかったですか?
結月:別に怖くはないですよ。だって、自分が駄目人間だし、社会のクズみたいなわたしは失うものなんて何もないから怖がる理由がないですよ。怖がるっていうのは、失いたくないものがある人間がやることです。だから、弱みを握られたりする。
小西:すごい話になってきましたね! それでパチンコ屋さんに就職したんですか?
結月:月30万はわたしにとってゴージャスすぎるプライスだったので、警備員よりパチンコ屋のほうがいいんじゃないかって思いました。しかも店まで持たせてくれるっていうんですから。でも、結局断りました。
小西:どうしてです?
結月:わたしがパチンコそのものに興味が持てなかったからです。一度だけやり方を教えてもらってやってみたんですが、全然おもしろいと思わなかったんです。そして、音がうるさすぎて、それが受け入れられなかった。バイオリンをやっていたので、音に関しては美的なもの以外は駄目なんです。
小西:パチンコ、うるさいですものね。私も苦手です。でも、あの音が中毒になるらしいです。
結月:ともかく、夜中の常駐警備をしていて、やることがないから勤務中はずっと本を読んでたんですよ。時間がたっぷりあるので、スタンダールやドストエフスキーなどの長編、ルソーの「エミール」とか、時間がないと読めないようなものばかり読んでました。でも、昼夜逆転生活って、一日が短く感じるんです。朝、仕事から帰ってきて寝て、夕方起きてまた仕事に行く。そして、警備やって本読んでっていう生活。つまらなくなっちゃったんですよ。こんなこと、続けていていいのかなって。それで辞めちゃったんですが、相変わらずお金がない。また求人雑誌を買って、即採用してくれそうな青果売り場の面接に行って、とりあえず採用してくれたのでセーフでした。
小西:そういう経緯で野菜売り場になったんですね。
結月:はい。でも、その職場は警備員を辞めたことを後悔するほどハードでした。休みが一日もありませんでしたからね。365日働いていました。バイトだから休もうと思えば休めたんでしょうが、自分が休んだらみんなが大変になるのがわかりますから、休む気にもなれない。また、お金がなかったからとりあえず仕事に行けば、それだけ時給換算でお金はもらえたので。でも、あまり思い出したくないですね、あの頃は。自分の人生でも最悪期だったと思います。で、肉体労働をしていると、その真逆のこと、「書きたい」っていう願望が出てくるんです。そこでライター講座に申し込んだというわけです。
小西:そうでした。そのお話が発端でしたね。お話を聞いているうちにすっかり忘れていました。ええっと、それでライターになろうと思ったんですね?
結月:いえ、ライターってどこでどうやって仕事をとって、どんなことを書くのかも全然知りませんでした。とりあえず申し込んだら、どんな感じかわかるだろうと思って。そして、数回通ったんですが、また辞めちゃいました。
小西:辞めた?
結月:はい。おもしろくなかったんですよ。わたしの「書きたい」は自分のキャラで書きたいことを書きまくるっていうものだったので、クライアントからの要望を文章にするなんて、そんなのわざわざやってもおもしろくないなって。それに直感的にこれは仕事はないなって思いました。当面の生活費すらなかったので、ライター業に転向する土壌を築くには時間的に無理だし、そもそも出版社にコネもないし、しかも自分が思っているような文章を書く場でもなさそうだし、だから辞めたんです。ああ、ごめんなさい。ライターの小西さんに話すことでもなかったですね。
小西:いえいえ、大丈夫です。言いたいことはよくわかりますし。私は自分のキャラクターがそれほどないと思っていたので、逆にライターになったとも言えますね。だって、作家性みたいなものがあれば、ライター業は勤まらないので。
結月:とにかく、何をやっても駄目な状態でいろいろやっているうちに今はこうして銀座で着物を売って、着付けを教えてって仕事をしています。でも、なんだか、どうでもいい話をしてしまいましたよね。わたし、身の上話するひとって最低だと思うんですよ。だって身の上話って、他人には本当にどうでもいいことですから。いや、ライターの話が出て、急に失われた時が甦ってしまいました。身の上話、後悔してます。ごめんなさい。
小西:まあ、これから連載するにあたっての自己紹介ということで。
結月:う~ん、自己紹介としては冴えないですね。だって、全然華々しくないし、わたしの駄目人間史じゃないですか。
小西:でも、警備員から銀座で店を持つに至るなんて、すごい話じゃないですか。ギャップと言ったら失礼ですけど、そこはおもしろいっていうか、ただの身の上話でないからいいと思いますよ。
結月:そうですかね… やっぱり身の上話ってダサいからやるべきじゃないですよ。それに今、銀座にいるといっても、やりたいことをやっているだけなので別に評価されるものでもないですし。評価されるべきはやりたくないことをやっているひとですよ。そのほうがずっと大変だから。それに銀座にいても、昔と変わらず全然お金ないですし。
小西:そう謙遜なさらずに。
結月:謙遜なんてしてませんよ。でも、わたしは「金ない」って言うようにしたんです。
小西:どうしてです?
結月:元ライブドアの堀江貴文さんに会ったことがあって、堀江さんって本当におもしろいんですよ。大きな声で「俺、全然金ないんッスよー!」って恥じらいもなく言うんですから。
小西:ホントですか? たくさん持ってそうですけど。
結月:いえ、世間が思っているほど持ってないと思います。で、その続きがあって、「やりたいことがありすぎて、そこに全部お金をつぎ込んじゃうから、全然金がない」って。堀江さんはロケット事業をやりたくて、そこにも相当使っていると思います。そんな堀江さんを見て、使う当てがなく金を持っているひとより、大声で金がないって言える人間のほうがカッコいいと思ったんですよね。だから、わたしもお金ないって言うようにしています。だって、わたしもやりたいことがたくさんあって、それを実現するのに全然お金が足りないんで。
小西:お金がないことを隠すより、大声で言う!?
結月:はい。でも、重要なのは、やりたいことがあるからお金がないという点です。やりたいことがはっきりしないのにダラダラしているから、警備員や野菜売り場を放浪した過去のわたしみたいになるんです。でも、今は着物のことやコンサートのこと、その他のことでもやりたいことがあるので、昔より幸せです。やっぱり幸せって、他人がもたらすものじゃなくて、自分がどう生きるかで決まってくるんですよね。
小西:では、これからこの場では、結月さんがやりたいお着物のことを中心にお話を伺うのと、それだけでなく今のようにお着物から話が逸れてもいいかと思いまして、なのでタイトルは「結月美妃に訊くキモノのお話とあれアレこれコレ」になってます。
結月:あれアレこれコレが着物でない話題ってことね?
小西:そうです。結月さんのブログからいただいたタイトルです。ブログを拝見していると、いろんな話題がたくさんだったので。あと姫野さんのバイオリンインタビューの着物版みたいなニュアンスで。でも、話題は着物だけでないっていう感じです。
結月:それもいいかもですね。だって、いつも着物の話だと堅苦しいし、読者も飽きるし、続かないですよ。たまには馬鹿な話をするのもいいアイデアですよ。でも、身の上話はなしで。
小西:不定期ですが月に数回は掲載したいので、着物以外のお話も伺いたいです。では、初回はもちろん、着物のお話を。結月さんは着付けを教えていらっしゃいますが、補正をしないんですよね?
結月:そう。一切、補正はしません。タオル一枚も使わない。
小西:着物って補正をするものだと思っていました。
結月:今はどこの着付け教室でも補正をするし、美容院や結婚式場で着付けてもらってもタオルを何枚か持って来てくださいって言われますよね。
小西:私も2年前、友人の結婚式のために着付けてもらったとき、バスタオルを巻かれました。
結月:苦しかったでしょう?
小西:はい! それはもう苦しくて、披露宴で出た料理もほとんど食べられなかったんです!
結月:それもよく耳にする話です。今の着付けは紐をギュウギュウに締めますからね。殺人的ですよ。崩れちゃ駄目だからなんて言って、きつく締めるんです。おまけにタオルを入れるものだから、動きにくいですしね。
小西:着物はあのキツさを我慢するものだと思っていました。
結月:着物っていうのは我慢して着るものじゃないですよ。そんなことをしたら、そもそも体がもたないので。わたしはうちの生徒が結婚式に出るときに着付けてあげるんですが、いつも言うんですよ。お腹いっぱい食べられるように着付けてあげるからって。だって、他人の結婚式にご祝儀で金まで払って着物も着て、それで着物が苦しくて、出された料理もろくに食べられなかったなんて馬鹿らしいじゃないですか。でも、わたしの着付けだと大丈夫。結婚式が終わってから生徒に訊くんですよ。たくさん食べた?って。そしたら、出されたもの、全部食べました!って。
小西:ご祝儀を払って食事もできないって、確かに馬鹿らしいかも!? ちょっと新鮮に聞こえました。怒られそうだけど。
結月:このご時世、結婚式にご祝儀を持って行っても数年後に離婚するひと多いじゃないですか。どうせ離婚するんだから料理くらいたらふく食べないと割に合わないですよ。
小西:キャハハハ! って、笑っちゃいけないけど、そうなんです。実は先月、友人のひとりが離婚しました。私はちゃんと結婚式に行ったんですよ!
結月:まあ、半数近くは離婚してますからね、統計では。それでしばらくしてまた再婚して、懲りもせずまた結婚式をやるからって招待状を出すひともいるんですから。
小西:ああぁ、わかります! それ、私もありました。再婚の結婚式で、また同じテーブルに同じ同級生が座ってるんです… あっ、でもこれ以上は黙っときます。バレるから。
結月:そう言えば、そんな話、うちの生徒からも聞いたことがあります。ともかく、結婚なんてその程度の扱いっていう時代ですから。そんなもんですよ。
小西:そのお話、もっと聞きたくなってしまったんですが、いきなり着物から話が逸れるのもなので、戻しましょう。着付けに補正はいらないっていうお話でした。
結月:はい。そもそも「補正」っていう言葉がおかしいですよ。正しく補うでしょう? 今の着付けって、全然正しく補っているように見えません、だって、タオルを入れまくって、まるで着ぐるみみたいな着物姿ばかりじゃないですか? あれ、全然美しくないです。体は妙に大きくなって、まるでアメフトの選手ですよ。
小西:そうなんですよ! 私もタオルを入れられたら、太ったように見えて、これは自分じゃない!って思ったことがあります。
結月:わたしは補正は体への冒涜だと思っているんですよ。誰でも寸胴にしなければならないっていう考え、まるで盲目的なファシズムです。ひとにはそれぞれ自分の体があって、個性があるのだから、それをなくして誰でも同じ寸胴にしようというのはおかしい。そのひとの持つ魅力を着物によって出すべきだと思うんですよ。だから、わたしはそのひとの体型から来る魅力を引き出す着付けをします。そもそも寸胴という形状が全然美しくない。
小西:誰もが同じっていうのは、よく考えたら気味の悪い話ですよね。
結月:身長だけでなく、胸の大きさ、さらには肌の色、顔の形、そうしたものは皆、個性があって、そこからそのひとの雰囲気というものが出ています。わたしの着付けはまずそれを捉えて、タオルなんか使わずに、そのひとの体に着物を吸いつかせるようにして着付けるんです。
小西:よく胸が大きいひとは和装ブラで平らにしてっていうことも聞きます。
結月:それもおかしな話なんですよ。着物は胸を潰さなきゃいけないなんて。胸はあっていいんです。この絵を見てください。
小西:これ、上村松園ですね。
結月:この美人画の帯の上を見てもらえますか。
小西:あっ! 胸が帯にたっぷりと! このモデルは胸が大きかったんですね。
結月:この絵を見ておかしいと思いますか? わたしはとても自然で美しいと思う。
小西:確かにそうです。自然です。全然おかしくありません。
結月:もしこの絵のモデルが和装ブラなんてしていたら、この絵は傑作にはなりませんよ。そもそも明治時代に和装ブラなんてありませんが。
小西:そうですよね。
結月:和装ブラって、おそらくここ数十年でどこかの和装小物業者が作ったものだと思うんですよ。そもそも「和装ブラ」っていう名前が笑ってしまいますよ。わさびマヨかよっ!って。
小西:キャハハハ! すいません、また笑ってしました。言われてみれば、ネーミングがわさびマヨです。
結月:ブラジャーって西洋で生まれたもので、それが和装って、根本から笑えますよ。それをみんな、真面目にやらなきゃと思ってる。着物というものは日本のもので、日本人がずっと着ていたものですよね。そこに西洋の下着が変な形でアレンジされて、和装になってる。おそらく和装しかなかった江戸時代のひとが見たら、奇天烈なものに見えるでしょうね。
小西:これは一体、なんじゃろう?みたいな。
結月:わたしは日本の服飾文化の歴史をずっと遡って勉強したんですが、例えば江戸時代の浮世絵を見ても、着物は寸胴には着ていないし、とても柔らないものなんですよ。今みたいにタオルをパンパンに入れてアメフトの選手さながらのようなガチガチなものじゃない。もちろん時代によって変移するものとはいえ、本来の着物の魅力をちゃんと生かさないとってわたしは思うんですよね。それが生かされていないどころか、着て苦しいっていうのでは、着物は苦しいから着たくないって思うのは当たり前ですよ。でも、本当は着物は苦しさを我慢して着るものではありません。そして何よりも美しさです。女性としての。
小西:女性としての美しさ?
結月:補正タオルを詰めて、体が着ぐるみみたいな寸胴になって、ひどいのは胸の膨らみよりもお腹の帯のところが詰めたタオルのせいで出っ張っている着付けがあります。よくモデルや芸能人の着付けに見られますが。そういうものをわたしはまったく美しいと思わないんですよ。あれが美しいと小西さんは説明できますか?
小西:言われてみれば、よくわかりません。頭から補正はしなくちゃって思い込んでいたので。
結月:それですよ。みんな、宗教みたいに疑いもせずに信じ込んじゃっているんです。果たしてそれが美しいか?って考えてみればいいんです。すると、体型がタオルで図太くなったものなんて、女性の肉体美からしても不自然で美しくないですよ。よく補正グッズの通販サイトなんかにビフォアフターの写真があって、明らかに補正をしてないビフォのほうのモデルが猫背になっていて、わざとアフターを強調するようになっている。おいおい、そこじゃないでしょ!って思うんですが、まあ、補正をしてくれないと補正グッズの売り上げも立たないし、着付け教室だって儲からないんですよ。
小西:私の友達がどこかの着付け教室に行って、最初に補正用品を買わされたらしいんですが、結構な値段でした。
結月:そうでしょう? そうなるんですよ。これがないと着物は着られないんで、とか言ってね。まあ、それも商売のやり方のひとつではあるんでしょうが、わたしは女性が着物で美しくなるのを見たいので、たとえ儲かったとしても補正グッズ商法は自分にはできないやり方だなって思います。
小西:ところで、補正をしないと着崩れると聞いたことがありますが、どうなんでしょう?
結月:それも嘘です。わたしの着付けは補正しませんが、まったく崩れません。着るひとの体に着物を吸いつかせるようにして着付けるので、自然な動きができるからでしょう。それからきつく締めませんので、そのぶん遊びがあるからそのほうが崩れないんです。むしろタオルや綿をたくさん入れてしまったほうが崩れるときは大きく崩れます。だって、肉体と着物にある遊びを全部埋め尽くしてしまっているようなものなので。だから鎖骨のところに詰めた綿が衿元からはみ出て来るなんて馬鹿げた話は結構あるんです。本末転倒ですよ、それじゃ。
小西:着物を吸いつかせるっていうのはキーワードのような気がしました。
結月:そうです。吸い付かせるように着る、着せるがテクニックです。重要なのは肉体感覚ですから。それを損なわないように着付けるのがいいんです。そう考えると、一切、補正グッズを使わないわたしの着付けのほうが技術的には難しいかもしれませんね。タオルで体のラインを消して、着物を紐で縛り付けとけばいいというものでないので。
小西:センスが必要ってことですか?
結月:そうですね。着せるひとの体型と魅力をセンス、つまり感性で感じ取って感性に従って着付けていくという感じです。いわば、目に見えない技術でしょうか。
小西:では、結月式で着物を着られるようになるのは難しいのでしょうか。
結月:全然そんなことないです。だって、わたしがそのひとに合ったポイントで教えますし、補正もしないので、プロセス自体はすごく少ないので。いろんなひとに着付けをするという仕事にするなら難しいかもしれません。なぜなら、同一の体型のひとはいない中で、そのひとに合った着付けを瞬間的に感じなければならないので。でも自分で着るのなら、自分のパターンだけを知っておけばいいので、簡単ですよ。
小西:では、結月さんは着付けのオーダーも受けているんですね?
結月:いえ、着付けをするのは、生徒さんたちだけです。よく着付けをお願いできますかって電話やメールをいただくのですが、やっていません。
小西:それはどうしてです?
結月:まだ世の中が補正はやるべきものだっていう思い込みが強いからです。今日述べたような考え方を理解してくれているひとはいいのですが、知らなくてタオルを何枚も持って来られたのに、補正はしませんなんて言うと、補正はしなくちゃと思っているひとには説明するのもややこしいので。でも、うちの生徒はそれを知った仲なのでスムーズに行きます。
小西:先入観ってありますものね。
結月:あと、わたしはちゃんと根っこのある着物美人を作りたいんですよ。
小西:根っこのある着物美人?
結月:つまり、何かの行事で着物を着なくちゃいけないから、ピンポイントで着付けをしてもらうっていうのではなく、いつでもどこでもサッと着物を着こなせて、自分というものをちゃんと着物で表現できる女性です。そういう素敵な女性を育てたいんですよ。
小西:だから、着付けだけというのはおやりにならないんですね。
結月:もし行事で着なくちゃいけないという機会があるなら、わたしの着付けレッスンを受けてみてほしいです。そしたら、まだ自分で着付けられる状態でないときは、ちゃんとわたしが着付けて差し上げますから。不思議と着付けって信頼関係がないとうまくいかないものですしね。
小西:着付けに信頼関係ですか!? 初めて聞きました、そんなの!
結月:これはわたしだけかもしれませんけどね。例えば、結美堂では体験で無料着付けをしているんです。そういうとき、わたしみたいな変質者(笑)がやると、ああ、このひと、わたしのこと、疑ってるなって感じるときがあるんです。そうすると体から反発するようなオーラみたいなものが出て、着物がうまく吸い付きません。さっき言ったようにわたしの着付けは体に吸い付かせるがポイントですから、素直さっていうか、受け入れてもらえる心がないと、どうもうまくいかないんですよ。
小西:何となくわかります。それと同じようなことを以前取材したメーキャップアーティストの方も言っていました。
結月:メイクもきっとそうでしょうね。ですから、何度かレッスンをした間柄だととても着付けやすいし、わたしもそのひとのことを理解しているのでうまくいくんです。なので、わたしのことを信頼してくれて、わたしもそのひとのことをきれいにしたいっていう愛情みたいなものが行き来し合う関係がいいんです。無理に知らないひとをいきなり着付けて、うなくいかないなんて、やっぱりお互い嫌じゃないですか。
小西:なるほど。着付けって奥深いものなんですね。
結月:やっぱり人間ですからね。マネキンとは違います。心がありますから。
小西:では、今日はこのへんで。また次回もお着物のことを伺いたいと思います。
<インタビュー・文 小西侑紀子>